FC2ブログ

ラグビーミュージアムをつくろう KAI

ジャパンラグビーのアーカイブとラグビーの魅力を伝えるミュージアムをつくりたい!

気になる奴 #1 立川理道 

BS朝日ラグビーウィークリー(毎週月曜日放送)の番組中、『ワイルドな奴』という
人気コーナーがあります。時々過去の放送分をまとめて再放送したりもしていますね。
その『ワイルドな奴』にならって、私自身が好きであったり注目したいプレーヤーはもちろん、
ラグビーに関わる人たちを含めて『気になる奴』というのを始めてみようと思います(笑)。
『ワイルドな奴』とは異なり内容も陳腐で、しかも不定期の連載になりますが、よろしくお願い致します。
その第1回目ですが、今や日本代表にとって欠かせない存在である立川理道(クボタスピアーズ)
について思ったことを書かせていただきます。

映画「ウェストサイド物語」(1961)を観たことがありますか?
この映画に出演しているひとりの男優がいます。
彼の名はラス・タンブリン。1934年アメリカ生まれの俳優でありダンサーです。
彼は白人の非行グループ、ジェット団のボスを演じていました。
対立するプエルトリコ系アメリカ人非行グループ、シャーク団のボス役にジョージ・チャキリス、
その妹にナタリー・ウッド、かつてはジェット団に所属していながら彼女と恋に落ちる
リチャード・ベイマーなどに比べると、やや目立たなかったかもしれませんが、
私はこの映画を初めて観た時からラス・タンブリンがとても気に入りました。
特別カッコ良くて2枚目というわけではありませんが、
ワルでありながら根は純情で憎めないという役柄(リフ)にも魅せられたのかもしれません。
そして私は立川理道を見る度に、なぜかこのラス・タンブリン(リフ)を思い出してしまうのです。
どうです...雰囲気がちょっと似ていませんか?
ウェストサイドストリー
左下がラス・タンブリン

私が立川のことを初めて知ったのは、彼が天理大学4年生の時の大学選手権でした。
黒いジャージに身を包んだいかつい彼の顔を見たとき、
「なんか悪そうなやっちゃなあ」(失礼)という感じで、
初めの印象はあまり良くありませんでしたが、
顔だけはこの時すでにラス・タンブリンと結びついていました。
決勝戦では惜しくも帝京大に敗れてしまいましたが、
彼の活躍であと一歩というところまで帝京大を追い詰め、
この辺りからちょっと印象が好意的に変わりました。

その後、彼に対するイメージが決定的に変わったのが、
彼をとりあげた『ワイルドな奴』を観たときです。
一番印象に残っているのが、立川の友人がインタビューで
「彼はものすごい甘えん坊です」と語っているのを聞いた時と、
カメラに向かって訥々と語る立川自身の姿を観た時で、
外見のイメージからは想像もつかなかったそのギャップがとても面白く、
また純粋でやさしそうな人柄がとても気に入りました。

村上晃一さんのラグビー愛好日記に、立川理道トークライブの時の記事が出ていました。
男四人兄弟の末っ子だそうですが、男ばかりの中でかなり揉まれて育ったのかと思いきや
兄弟げんかはしたことがないそうです。
普通男兄弟は小さい時には取っ組み合いのケンカをよくすると聞きますが、
珍しいのではないでしょうか?
実は我が家の息子2人(2歳違い)も一度もケンカをしたことがありませんで、
男兄弟のいなかった私はこんなことで大丈夫だろうかと心配したことがありましたが、
同じような話が他でもあったとは驚きました。

また、こんな話もありました。ちょっと引用させてもらいます。

天理大学時代から手首に緑のテーピングをしている。
それは、いつもスタンドで声をからす母の名前が「みどり」だから。
「マザコンじゃないですよ。ゲン担ぎです。兄は母の声援が恥ずかしいって言うけど、
僕は平気で嬉しい。名前を呼ぶのが聞こえると、手を上げて応えます(笑)」

やっぱり甘えん坊?(笑) でも、いいことじゃないですか。お母さんもきっと嬉しいでしょうね。
トークライブ中、お客さんから、「スタンドオフは性格が悪くないとダメって言った人がいたけど、
性格良すぎるんじゃない?」 という質問があったそうです。
やっぱり誰もが性格が良いと感じているのですね。
戦いたいチームは、オールブラックスとのことですから、11月2日が楽しみです。

最後に『ワイルドな奴』恒例の締めにならって、やってみます。
私にとって立川理道とは?(このパターン、続けられるか疑問です)

私にとって立川理道とは・・・
愛すべき男であり、ジャパンのメンバーとして頼もしい存在である


category: 気になる奴

TB: 0    CM: 0   

伝説の男 

ラグビーリパブリック(http://rugby-rp.com)の「伝説の男」に、
元木由記雄さんが登場しました。

RWCアンバサダー記者会見
先日RWC2019のワークショップで初めて本人と会いましたが、
同じ大学の先輩というだけでラグビー経験者でも無い私が
伝説の男と会話し、一緒に写真まで撮らせてもらったことを考えた時
これは凄いことなんじゃないかと、あらためて感じました。
(松田努さんにも同じことを感じます)

私が彼を初めて知ったのは、大学1年の大学選手権の時です。
印象に残っているのが、決勝の早稲田戦、吉田義人の逆転トライにつながる直前の
クイックパス。そして和製マイク・タイソンと言われたあの顔つき。
本人は実際どう感じていたか分かりませんが、
外見だけのことだとしたら決して褒めことばにはなりませんけど、
「強さ」を含めての尊敬を込めた愛称だったと思うので
満更悪い気はしていなかったかもしれません。
大阪工大高時代、淀川の河川敷を自身の背丈分くらいスコップでせっせと掘り、
また埋めるという鍛錬を毎日続けたという逸話が、紹介されています。
昭和初期の時代じゃあるまいし、本当だったのかと思いますが
妙に彼にピッタリときます。

こんなエピソードも紹介されています。

2001年度の全国社会人大会準決勝、トヨタ戦。
キックオフでCTBの位置からタックルにいこうと追いかけていったら、
味方選手の顔と自分の顔がぶつかって頬骨を6カ所折った。
しかし、3週間後には試合に出場する。

そういえば、顔をガードして試合に出場する彼を見た記憶があります。
痛みに弱い私には絶対真似ができない芸当です。
それ以前に、痛みに弱ければラグビーはできませんね。
彼の日本代表や神戸製鋼での活躍は、素晴らしいの一言に尽きますが、
私にとってはやはり明治の元木由記雄に一番強烈な思い出があります。

大学3年の大学選手権準決勝。
これまで順調に勝ち続け、3連覇を狙う明治でしたが、
このシーズン波に乗り勢いづいた法政に18‐42とまさかの大敗。
しかもこの試合で肋骨を痛めた元木。
悔しい思いを胸に翌シーズンにキャプテンとなった彼は、法政へのリベンジに燃えていました。
そして打倒法政だけをひたすら考え続けました。
ところが大学選手権2回戦の大東大戦でピンチが訪れます。
点差や状況の詳細はちょっと覚えていませんが、
もしかしてこのまま敗退か?というピンチに、
彼の自陣からの突破をきっかけに得点につながり、逆転勝利を収めました。
その後、準決勝も勝利し決勝へ進出。
そして決勝の相手が、何と彼が対戦を待ち望んでいた法政でした。
組み合わせ次第では、それ以前に対戦する可能性が十分にあったにもかかわらず
決勝という舞台での再戦となったこの巡りあわせは
まさに神様が用意してくれた舞台であったと、
運命的なものを感じざるを得ませんでした。

1994年1月、国立競技場。
法政に負けた悔しさと3連覇を逃した無念さを持ち続けていた私も
こっそりと仕事を抜け出し決戦の場へ向かいました。
結果は、彼の獅子奮迅の活躍により41‐12と前年のスコアをひっくり返したような大差の勝利。
競技場で思わず万歳しました。
とにかく負けず嫌いの彼にとっても、最高の勝利だったのではないでしょうか。

「伝説の男」の記事の中に、ラグビーマガジン誌上でのインタビューが載っています。

将来こうなりたいとかよりも、眼の前のことに全神経を集中させてやってきた結果がこうなった、
という感じですね。僕の根本にあるのは基本プレーです。
しっかり当たって、しっかりタックルする。全部全力でやってきた。

-将来こうなりたいとかよりも、眼の前のことに全神経を集中させてやってきた-
このことば、好きですね。

-僕の根本にあるのは基本プレーです-
同じことを語っている彼の新聞記事を会社のデスクの上に置いてあります。

元木由記雄新聞記事

category: 思うこと・感じること

TB: 0    CM: 0   

ラグビーワールドカップ2019アンバサダー発表 

ラグビーワールドカップ2019アンバサダー発表記者会見に行ってきました。

次第

ラグビーワールドカップ2019組織委員会から、ラグビーワールドカップ2019の日本開催を広く知らしめ、
ラグビーとラグビーワールドカップの魅力や価値をより多くの人々に伝える活動の先導役として、
元日本代表選手6名が「ラグビーワールドカップ2019アンバサダー」に任命されました。
アンバサダーたちは、全国で展開する各種イベントや普及活動の現場でその役割を担っていくことになります。

その6名は以下の通りです。
元木 由記雄 
大畑 大介
増保 輝則
桜庭 吉彦
松田 努
田沼 広之

RWCアンバサダー
(c)JR2019 photo by K.Demura

8月より、全国47都道府県を順次訪れ、RWC 2019の普及・告知活動を実施する
「TEAM 2019 全国キャラバン」をスタートします。
その他、各地で行われる普及イベントなどにも可能な限り参加の予定。

以上、RWC2019より抜粋
http://jp.rugbyworldcup.com/rugbyworldcup2019/news/newsid=2068479.html#rwc+20196


ラグビー界で明治の存在が薄くなってきている感があるので
メンバーの中に明治OBの元木由記雄さんがいたのがとても嬉しかったです。
饒舌というタイプではないですが、存在感の魅力でPRに大きく貢献してくれるでしょう。
反対にとても明るく陽気なキャラクターで盛り上げてくれそうなのが、
自らを宣伝部長として宣言した大畑大介さんと田沼広之さん。
そして桜庭吉彦さん、松田努さん、増保輝則さんたちからも頼もしい抱負が述べられました。

記者発表の後は、「RWC2019アンバサダーと考える!ワークショップ」に参加。
参加にあたり、事前に「RWC2019の成功に向けて、ラグビーファミリーにできることを考えよう」
というお題に対して、自分の考えを300字以内にまとめて申し込むのですが、
わずか48名の募集でしたからまさか当選するとは思っていませんでしたので
当選の通知が来た時には驚きました。

ワークショップは、アンバサダー1人と参加者8名がひとつのチームになって、
「私たちにできること」と「アンバサダーにやって欲しいこと」について意見を出し合い、
チームとしての考えをアンバサダーが発表するというものでした。
私が指定されたチームのアンバサダーは、松田さんでした。
一緒のチームになったラグビーファミリー(参加者)の方たちは、
いずれ劣らぬラグビーの熱狂的なファンで、皆さんから積極的な意見がバンバンと・・・。
ワークショップCチーム
photo by N.Yasuda

最後に、模造紙にまとめた内容を松田さんが全員の前で発表してくれました。
私たちのチームの意見のひとつ「草の根作戦」として、
日常生活においてラグビー用語を用いるというのは会場全体でウケていました。
例えば、鉛筆を落としたら「ノックオン」とか、
カラオケでマイクを離さなかったら「ノットリリースザボール」など。
司会の村上さんから「もっと他にありませんか?」と
突っ込まれ突然の振りに戸惑う松田さん。
窮して出てきたのが「女性のお尻を捕まえる時はジャッカル」と答え、会場中が大爆笑でした。

アンバサダー松田努2
チームの意見を発表する松田アンバサダー

またどのチームのラグビーファミリーの方もとても熱い人たちなので、増保さんからは
「1日じゃ足りないので、1泊2日か2泊3日でガチでやりたい」なんていう感想もありました。

私自身で出来ることは限られていますし、影響力のあることはできませんが
少しでもラグビー人気が高まり、ワールドカップの成功につながる活動を
おこなっていこうと思った一日でした。

ワークショップ終了後は、懇親会で楽しみました。

アンバサダー松田努
同じチームの松田アンバサダー とても実直な人

アンバサダー元木由記雄
ミスターラグビー 明治OBの元木アンバサダー 飾らない人柄が魅力

0715RWCWorkshop 2
(c)JR2019 photo by K.Demura

category: RWC2019

TB: 0    CM: 0   

オールブラックスがやって来る! 

7月12日、日本代表とニュージーランド代表オールブラックスの
テストマッチの日程が発表されました。

2013年11月2日(土) 秩父宮ラグビー場

いよいよ来るか、オールブラックス。
日本での戦いは、1987年以来、26年振りとなります。

日本がどれだけやれるのか、この目で直に見ておきたいと思います。

category: 一般

TB: 0    CM: 0   

札幌ウィンタースポーツミュージアム 

私が過去に真田町へ提案したラグビー資料館と同じように、
疑似体験装置が数多くあるミュージアムで、
私の会社で体感展示の映像装置を納品しましたので、ご紹介したいと思います。

札幌ウィンタースポーツミュージアムは、
ウィンタースポーツの普及と発展を目的に2000年4月にオープンしました。
もともとは中島公園にあった「冬のスポーツ博物館」の展示収蔵物が基礎となっています。
大倉山ジャンプ競技場敷地内にあり、札幌オリンピックの記録のほか、
日本初の西洋式山小屋「パラダイスヒュッテ」の懐かしい写真などを展示。
臨場感が楽しめるシミュレーターも人気で、ボブスレー滑走・クロスカントリー・
フィギュアスケートのスピン体験など、ウィンタースポーツを疑似体験でき、
人気の観光名所にもなっています。

wsm展示室
wsm展示室3


■2F 札幌オリンピックメモリアル
第11回冬季オリンピック札幌大会の様子を大会誘致から11日間のハイライトシーンまで。
wsm展示室2

■テイクオフタイミング
ジャンプ競技のなかでも最も重要とされる踏み切りのタイミングを体験。
wsmテイクオフ
wsn結果表示

■クロスカントリースキーレース
雪上のマラソン競技といわれるクロスカントリースキーレースの擬似体験。
参加者同士での競走もできます。
wsmクロスカントリー
wsmクロスカントリー2

■スキージャンプ大倉山
大画面映像によるリアルなバーチャル・ジャンプ体験。
wsmジャンプ

■スピードスケートトレーニング
トップレベルのスピードスケート選手に挑戦。
wsmスピードスケート

■ボブスレー滑走
氷壁コースを疾走するボブスレーをリアルに再現。
wsmボブスレー

■アイスホッケーゴールキーパー体験
アイスホッケーのキーパーになって、シュートをキャッチする、迫力満点の体験。
wsmアイスホッケー
wsmアイスホッケー2


昔と違いハードウェアの性能も向上し、
パソコンのプログラム次第で演出の内容もさまざまなことに対応できるので
臨場感溢れる疑似体験が可能になりました。
2019年までの間に、どんなハードウェアが新しく世の中に登場し
更なる展示の可能性を広げることができるか楽しみです。

世界のどこにもないラグビーミュージアムをつくってみたいです。

category: ミュージアム関連

TB: 0    CM: 0   

ラグビータウン熊谷 

熊谷

猛暑の街として全国的に名高い熊谷。
もうひとつ有名なのが、もちろんラグビーです。
もともとラグビーが盛んな土地柄であったのに加え、
昭和42年の国体のラグビー会場になったことや、
全国高校ラグビー大会出場23回を誇る熊谷工業高校や同校OBの素晴らしい活躍などにより、
市民のラグビーに対する関心や理解が深いことに加え
平成3年度には国有数の規模を誇る熊谷ラグビー場が完成したことから、
市のイメージアップ事業のひとつとして「ラグビータウン熊谷」の推進を位置づけ、
ラグビーへの啓発活動や地域ラグビーの普及・強化、
熊谷ラグビー場を活用する地域振興を目的として、
さまざまな取り組みをおこなっています。
平成12年度には「全国高校選抜ラグビー大会」の開催が実現し、
全国の高校ラガーマンの目標となる大会になりました。
そして現在、ワールドカップ2019の試合開催の実現を目指して熱心な招致活動をおこなっています。

今回熊谷市を訪れたのは、昔お世話になりましたSさんにお会いするためです。
(5月29日 「熊谷市主催のシンポジウム」 の記事参照)
そのSさんとは、ラグビーワールドカップ招致室の杉田進司さんです。
熊谷市に招致室が設立されたニュースを見た時から、
私は杉田さんが絶対に関わっているだろうと思っており、
先月招致室へ電話したところ偶然にも杉田さんが出られたので、
「やっぱり」と納得した次第です。

そんな経緯で熊谷を訪れた訳ですが、当日もやはり結構な暑さでした(笑)
久し振りにお会いした杉田さんは、昔とほとんどお変わりなくお元気なご様子で、
その時同じ招致室の鯨井憲昭さんをご紹介いただきました。
お二人にいろいろなお話しを聞きましたが、
まずは10月に発表される「試合開催会場選定ガイドライン」の内容がどうのようものになるか、
大変気になっているとのことでした。

熊谷ラグビー場には、A、B、Cの3つのグラウンドがあります。
メインスタジアム(Aグラウンド)は県内ラグビーのメインスタジアムとして、
トップリーグや大学リーグ、毎年春の全国高校選抜ラグビーなどの試合に使用されており
収容人員24,000人の規模を有しています。
熊谷ラグビー場
 熊谷市ホームページより

昨シーズンは、Aグラウンドで開催する有料試合の場内解説に、
フリーアナウンサー四家秀治氏(元テレビ東京)を起用し、
わかりやすい解説をしてもらうなど、
観客を意識したサービスの導入もおこなっています。

ワールドカップの試合会場としても十分立派な施設ではないでしょうか。
そして何よりも地元に根付くラグビー文化は開催地として申し分ない気がします。
岩手県の釜石は今のところ施設がありませんが(現在計画中)、
ラグビー文化の根付く街としては熊谷と同じだと思いますので
釜石とあわせて招致成功を祈っています。


追記
・5月29日 「熊谷市主催のシンポジウム」 の記事の訂正

 シンポジウムの出席者で記憶違いがありました。
 ラグビー協会 徳増浩司さん ⇒ 勝田隆さん

category: 一般

TB: 0    CM: 0   

なせば成る 絶対に勝つ 

東洋の魔女と言われたかつての日本女子バレーの監督大松博文の信念です。
1964(昭和39)年の東京オリンピックで金メダルを獲得した日本女子バレーボールチームが
ソ連と戦った決勝戦の映像(完全版)が発見され、
今年の初めにNHKで放映されましたが、
ハードディスクに残しておいたのを先日やっと見ました。

この番組を見て初めて知ったことがありました。
私はこの時日本の女子バレーが初めてソ連に勝って、
金メダルを獲得したとばかり思っていたのですが、事実は違いました。
実は東京オリンピックの2年前、モスクワでおこなわれた世界選手権においても
当時王者として君臨していたソ連を日本が破り、世界チャンピオンになっています。
ですから東京オリンピックは、ソ連がそのリベンジに燃えていた試合であり、
それを日本が跳ね返して再び世界チャンピオンに輝いた試合で、
しかもあの有名な『回転レシーブ』は、オリンピックで初めて披露したものではなく、
2年前の世界選手権で既に使われていた技だったのです。

東洋の魔女6人は、全員が日紡貝塚(大日本紡績貝塚工場のバレーボールチーム)の選手たちでした。
日紡貝塚は1954年に発足。大松監督の下、猛練習に明け暮れ、5年後には国内大会を完全制覇。
日紡貝塚01
貝塚市ホームページより

その勢いを駆って1960年の第3回世界選手権に出場しましたが、
決勝でソ連に敗れ、準優勝という結果に終わりました。

「2位では意味がない。やるからには勝たねばならない」

大松博文の心に火がつきました。
悔しさを味わった選手たちとともに2年後の世界選手権での優勝を誓い合いました。

ソ連との戦いを通して外国人との体格や体力の差を痛感した大松監督は、
体の不利をどう補ってソ連のアタックを防ぐのか、
必死になって考えた結果生まれたのがあの『回転レシーブ』で、
世界の誰もが考えつかなかった戦術でした。
そしてそれを習得するため、世界に勝つため、常軌を逸した特訓がおこなわれたそうです。
その甲斐あって、1961年のヨーロッパ遠征ではソ連も破る22連勝という破竹の快進撃を成し遂げ、
現地のマスコミから「東洋の魔女」と呼ばれるようになりました。
そして翌年、冒頭に書きました1962年の世界選手権での優勝を果たした訳です。
日紡貝塚03
貝塚市ホームページより

ここでひとつの区切りと考えていた選手たちは引退するつもりだったのですが、
偶然にも2年後のオリンピックが東京で開催と決まり、
しかもバレーボールが初めてのオリンピック種目になるということで、
世間からは金メダルへの期待が膨らみ、
やめるにやめられなくなってしまったそうです。
この2年という微妙な期間に当時の選手達は悩んだそうですが、
大松監督の「俺についてこい」というひと言で、
選手たちも「金メダルをとるためにやるしかない」と気持ちがひとつになったそうです。

こうしてオリンピックへの金メダルへとつながった訳ですが、
大松監督と選手たちの信頼関係を物語るエピソードを
当時の選手の方がインタビューで語っていました。

最後の練習を終わって食事の時に、
普段はやさしい言葉をかけてくれたこともない先生(大松監督)が
やさしく言ってくれたんですよ。
『よく頑張ってくれた。これが最後だから一生懸命やってくれよな』
いつもそんなこと言わない先生から言われたので胸が一杯で食事も喉を通らず、
先生(大松監督)の為に頑張らなくちゃならないと思いました。

この強い絆と信頼関係が半端ではない気がしました。
だからこそ金メダルも獲れたのかもしれません。
日紡貝塚04
貝塚市ホームページより

もうひとつ印象に残ったのが、試合中の大松監督の様子です。
ベンチに座り静かにコート内の戦況を見守るだけで、
タイムアウトの時でも淡々と指示を出すだけです。
鬼の大松のことだから、もっと激しく激を飛ばしているようなイメージを
勝手に描いていましたからまったく正反対でした。
試合までにやるだけのことはやり尽くし、その力をそのまま出せば負けるわけがない。
そんな自信の表れだったのではないでしょうか。
セットカウント3-0、余裕の勝利と言っても過言ではない気がします。
日紡貝塚05
貝塚市ホームページより

見応えのある番組でした。

category: 一般

TB: 0    CM: 0   

狩猟民族の強さ? 

4136.png

ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ2013オーストラリア遠征 第3戦をJSPORTSで観ました。
ワラビーズと1勝1敗のタイで迎えた最終戦、どちらにとっても負けられない状況のなか
お互いの意地とプライドをぶつけあった見応えある一戦で、
最終スコア41-16でライオンズが激闘を制しました。

ライオンズ最終戦

観ていて凄いと感じたのは、「激しさ」と「運動能力」、そしてここ一番の「集中力」。
コンタクトプレーの激しさは、やはりジャパンのそれをはるかに上回り、
さまざまなプレーにおけるテクニックとスピードにおいては、
日本人とは異なる運動能力の高さを思い知らされます。
マイクロホンサイド(※矢野アナウンサー風に)の解説者お二人(藤島、村上両氏)も、
思わず「オォー」とか「ウワッ」とか言ってましたので間違いないと思います。
またルーズボールへのセービングや、チャンス到来となった瞬間に攻めに転ずる時の、
スピードと集中力の凄さには驚くしかありません。

ちなみにアイルランドの女性と結婚した友人から聞いたことがありますが、
向こう(アイルランド)に行くと感じるのは、彼らの性質はやっぱり狩猟民族で、
日本のような農耕民族とは違うというのを痛感することがあるそうです。

やはりラグビーのプレーにも、それが表れているのでしょうか・・・。

category: 試合

TB: 0    CM: 0   

ラグビーマガジンに乾杯! 

先日ラグビーマガジンの森本優子さんをお訪ねしました。
最後にお会いしたのが、2011 年のワールドカップが始まる1 ヶ月くらい前に
大崎でおこなわれたイベントの時でしたので、1 年半以上前になります。

森本さんとの出会いのきっかけは、第3 回ワールドカップ(1995 年)でした。
私がワールドカップの前に個人的に開催したイベント「ワールドカップ直前セミナー」の件で、
セミナー開催の告知をラグビーマガジン誌上に掲載していただくお願いに伺った時です。
おかげさまで約60 名の参加者を集めて開催することができました。

今回は仕事で水道橋近辺に行ったのを機会に、突然お邪魔した次第でした。
久し振りでしたので、この「ラグビーミュージアムをつくろうKAI」のお話しをしたところ、
参考になる情報やヒントをいくつか教えていただきました。

もしラグビーミュージアムが実現に向けて動き出すとしたら、
展示計画を立案する時はもちろん、展示資料の提供なども含めて
ラグビーマガジンさんの協力は欠かせないと思っています。
その時には、またご協力お願い致します。

ラグビーマガジン8月号
ラグビーマガジン8月号

category: 一般

TB: 0    CM: 0   

サクラセブンズ 

ラグビーワールドカップ・セブンズ2013。
サクラセブンズがどんな戦いをしてくれるか楽しみに観ていました。
やはり外国人選手との体と運動能力の差が大きな課題ですね。
鈴木彩香選手もインタビューで「個々がどれだけ強くなれるかが課題」と
言っていましたが、この差を埋めていくのは結構大変なことかもしれません。
イングランド戦、フランス戦は完封負け。
さすがに完封負けは辛いですね。
ゲーム中の彼女たちの一所懸命さが伝わってくるだけに、
何とも言えない気持ちになってしまいます。

しかしボウル・トーナメントの準々決勝のオランダ戦は、勝利こそできませんでしたが
後半意地の2トライをあげてくれました。
1本目は、キャプテン中村知春が相手ディフェンスにハンドオフをかまして見事なトライ。
2本目は、山口真理恵がオープンに走り込みトライ寸前のところで倒されましたが
ディフェンスで踏ん張りボールをキープ。これが凄かったし、彼女の身体の強さに驚きました。
そして、このボールを生かして三樹加奈が相手ディフェンスを弾くようにトライ。
ロシア戦の2トライは綺麗なトライで素晴らしかったですが、
この2本は外国人相手に力でとったトライという印象だったので気持ちの良いトライでした。

サクラセブンズは今回の経験を大きな糧として、リオに向けてこれからも頑張って欲しいと思います。

category: 試合

TB: 0    CM: 0   

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード