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ラグビーミュージアムをつくろう KAI

ジャパンラグビーのアーカイブとラグビーの魅力を伝えるミュージアムをつくりたい!

なぜラグビーミュージアムを作りたいと思うようになったのか 4 

すいません、更新が遅くなってしまいました。

その後は相変わらずのテレビ観戦や、
ラグビーマガジンも読み始めたりしてラグビーと接していましたが、
ある時ラグビーマガジンの誌上で
菅平に新しく作るグラウンドの名称を募集している記事が目に留まりました。
後のサニアパークのことです。

この瞬間、私は閃きました。
新しく建設するスタジアムに併設して博物館を作ったらどうだろうか?
プロモーション映像がダメなら博物館があるじゃないか!
自分がこれまで経験してきた知識と技術とネットワークを活用すれば
映像だけではなく、さまざまな展示手法を用いて
ラグビーの魅力をアピールできる博物館ができるんじゃないかとワクワクしました。
その結果としてラグビーの普及や宣伝に繋がれば、私の想いが実現できると考えました。
こうして私の目指す新たな目標が定まったわけです。

本当ならば秩父宮の一角にラグビーミュージアムができるのが一番だと思っていましたが
それが無理ならラグビーの夏合宿のメッカ菅平でも根拠としては問題ないと思いました。
そこで真田町へ企画書を提案するにあたり、
当時(確か1996年)ラグビーマガジン編集長であった村上晃一さんに意見を伺おうと
ベースボールマガジン社を訪ねました。
突然の訪問にも快く応対してくれまして、この時が村上さんとの初めての出会いでした。
20年近く前のことですから、何をお話ししたかはっきりとは覚えていませんが
とにかく私のラグビーに対する想いと博物館の考えをお伝えして、
率直な意見をいただいたと記憶しています。

現在は提案書の電子データが残っておらずプリントアウトの控えしかありませんが、
企画書は2回提出しています。

1回目の企画書の日付が、平成8年12月3日。
博物館という単独の施設ではなく、新しく建設するスタジアムの一角に設けるという前提ですから、
ラグビー資料室という位置づけにし、その名称を『菅平ラグビースクエア』として提出したのです。

企画書01

企画書02

4回に渡ってダラダラと書いてきましたが、
以上が私がラグビーミュージアムを作りたいと思うようになった経緯(いきさつ)です。
ご理解いただけましたでしょうか?

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