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ラグビーミュージアムをつくろう KAI

ジャパンラグビーのアーカイブとラグビーの魅力を伝えるミュージアムをつくりたい!

熊谷市主催のシンポジウム 

結局「菅平ラグビースクエア」の夢は実現しませんでした。
スタジアムの名称は公募の結果「サニアパーク菅平」と決定し、
1999(平成11)年に完成したのですが、実はまだ行ったことがありませんので
「サニアパーク菅平」の中に規模や内容こそ違うものの、
ラグビーに関する何らかの展示スペースがあるかどうかも実は知りません。
もしかしたら何かあるのでしょうか?
今度どなたかに聞いて確認してみたいと思います。

ところで、確か「菅平ラグビースクエア」の2回目の企画書を提出したのと同じ年に、
熊谷市のイメージアップ推進室(当時)が企画したラグビーのシンポジウムがありました。
このシンポジウムのことは村上晃一さん(当時ラグマガ編集長)から教えていただいたと
記憶していますが、ただ何をテーマにしたものだったか思い出せないのと、
出席者が進行役に村上さん、ゲストに三洋電機の宮地監督、シナリ・ラトゥというのは間違いないのですが、
この他にはラグビー協会からは徳増浩司さん、そして小林深録郎さんも出席されていたような気がします。
それで私は自ら名乗り出て、そのシンポジウムの撮影をやらせていただくことにしましたが、
撮影をしただけで編集してまとめたりすることはありませんでした。

それで、この時のイメージアップ推進室のご担当者がSさんという方で、
このSさんとの出会いが「菅平ラグビースクエア」で陽の目を見なかった体感展示の
実現につながっていくのです。

※7月12日追記
 シンポジウムの出席者で記憶違いがありました。
 ラグビー協会 徳増浩司さん ⇒ 勝田隆さん

category: 熊谷市シンポジウム

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菅平ラグビースクエア(仮称) 企画書 続き 

真田町に提出した企画書の話に戻ります。

新しく建設するスタジアムの中に
もともとミュージアムのような施設をつくる計画があったわけではありませんので
私が思い描くミュージアムの内容で企画書を作成しました。

施設内を「一般展示ゾーン」「体感展示ゾーン」「多目的スペース(兼映像シアター)」の
3つのゾーンで構成しました。

企画書03

「一般展示ゾーン」ではラグビー全般に関する展示はもちろん、
菅平という場所におけるラグビーの位置づけや変遷、さらには菅平の観光情報などを紹介。

「体感展示ゾーン」は、来場者自身が体を使って楽しみながらラグビーに親しめるもので、
<仮想ラグビーフィールド>をイメージした展示場で、君はラガーマンになれるか」をテーマに
いくつかのアトラクションに挑戦していき、最後にその判定結果がでるようにしました。
身体能力を測定するものやラグビーボールを使ったゲーム、画像合成を用いたお遊び的なものまで、
8つのアトラクションを備えたものです。

この中でも私自身が結構面白いと思ったのは、
「PUSH」と題したマシン相手のスクラムシミュレーションです。
スクラムを組む相手を選択して、どこまで押し合えるかというお遊びのゲームですが、
その相手の選択も国内だけではなく海外のナショナルチームからも選べることができるようにして、
楽しさをアップさせるように考えました。

「多目的スペース(兼映像シアター)」では、
ラグビー関するさまざまな映像を上映するシアターをベースとして、
その他関連イベントのほか講習会やミーティングなども開催できるスペースとしました。
ちなみに映像ソフトの参考例として『ラグビーベストパフォーマンス』とか
『ワールドカップに賭ける ~ジャパンの熱き挑戦~』などを提案しました。

概算の予算も入れて平成8年12月に提出しましたが、
減額案を求められ翌年の平成9年2月に再提出をしました。
しかし結果的には何も実りませんでした。
ところがその翌年の平成10年に、
体感展示のアトラクションが思わぬところで実現することになったのです。

category: 菅平ラグビースクエア 企画書

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PNC vsトンガ戦 

残念ながら負けてしまいました。
17-27の10点差。

2011年のW杯予選でも31-18で敗戦でした。
当時カナダとトンガから2勝をあげるジャパンの目論見に対し、
試合前に日本でおこなわれたW杯関連イベントにおいて
大畑大介さんが語ったことばが気になりました。
「トンガは侮れませんよ~」
果たして結果はその通りとなってしまったわけです。

私の頭の中にはあの時の言葉がまだ残っており
ちょっと不安を抱いていました。
試合が始まると、トンガの前に出てくる重く激しいディフェンスに
手を焼くジャパンの姿が目に入ります。
トンガのアタックに対しても、タックルが効きません。

ブレイクダウンでもトンガに圧倒されてしまいました。
技術的なことは私には分かりませんが、
こうなってしまった原因はあるのでしょう。
その課題が明確であるならば、早く対処して
この先のPNCはもちろんウェールズ戦に臨んで欲しいと思います。

頑張れ、ジャパン!

category: 試合

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味の素ナショナルトレーニングセンター 

秩父宮記念スポーツ博物館の次は、味の素ナショナルトレーニングセンターに行きました。
ここはスポーツ振興基本計画に基づき国が総工費374億円を投じ、
トップ選手の国際競技力の向上を目的としたトレーニング施設として、
2008年1月21日東京都北区にオープンした国内最大の練習拠点ですが、
開所してから4年後に迎えたロンドンオリンピックで、
日本が過去最多の38個のメダル獲得という結果が生まれたのも、この影響が大きいようです。

施設は、競技別の専用練習場である「屋内トレーニングセンター」、「陸上トレーニング場」、
「屋内テニスコート」及び宿泊施設の「アスリート・ヴィレッジ」から構成されており、
「陸上トレーニング場」を除く3施設の一部を、オリンピック招致委員会の渡部様に案内していただきました。
渡部様は以前トレーニングセンターの方に常駐されていた方なのでとても詳しく、
そして時に楽しく、また時に熱く解説していただき、アッという間に90分が過ぎてしまいました。

それにしても、大きさ(広さ)はもちろんトレーニング環境のハード面の充実度は「凄い」の一言に尽きます。
もちろんコーチングやスタッフのサポートなどソフト面でも素晴らしいのは間違いないと思います。
ちなみにラグビー日本代表も陸上トレーニング場を時々利用しているそうです。

img02.jpg
施設全景 JOCホームページより

レスリング
レスリング マット6面を備える

ボクシング
ボクシング 村田諒太のゴールドメダルはここから生まれた

体操01
体操 広々とした空間にたくさんの器具が並ぶ

体操02
落下時の衝撃から選手を守るふかふかのマット

ハンドボール01
ハンドボール 2面のコートを仕切るために巨大なカーテンが降りてくる

ハンドボール02

ハンドボール03
完全にカーテンが下がりコートが仕切られた状態

テニス
テニス 全米オープンの会場と同仕様のハードコート2面  この他に全仏オープンと同仕様のクレーコート2面がある

judo01.jpg
柔道 1004.5畳 世界一の広さを誇る  強さも世界一を取り戻して欲しいです

食堂
食堂のモニターには常にさまざまな競技の映像が流れており、アスリートとしての意識を自覚させる

メダリスト
壁にはメダリストたちの写真が貼られ、メダルへの意識づけもおこなわれる

風呂
お風呂 勝湯(かちのゆ)縁起をかついだネーミングがいい

初めは、これだけの環境が整っていたら申し分ないだろうし、
選手たちも恵まれているなと思いました。
事実ロンドンでの38個という史上最多のメダル獲得数が、それを証明するかのように。
しかし同時に、メダル大国のアメリカ・中国・ロシア・イギリスなどと比較しても
果たして遜色ない環境なのだろうか?という疑問も感じました。

世界で勝つためにはハード・ソフト面のより一層の充実はもちろん、
スポーツ振興に対する国の方針や幅広い視点での支援、十分な予算配分などの施策が欠かせません。
そこにアスリート自身の強靭な精神力とたゆまぬ努力が結びつくことで、
より強いジャパンへと繋がっていくのではないでしょうか。

2016年リオデジャネイロ五輪では7人制ラグビーも正式種目に採用されました。
メダル獲得に向けて応援していきたいと思います。

category: ナショナルトレセン

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秩父宮記念スポーツ博物館 

前回に続いて真田町に提出した企画書の内容を書く予定でしたが
「秩父宮記念スポーツ博物館」を見学してきましたので
簡単にご紹介したいと思います。

この博物館は、昭和天皇の弟君で「スポーツの宮様」として親しまれた秩父宮雍仁親王殿下の
わが国スポーツ界に対するご功績を記念するため、
昭和34年に開設された日本で唯一の総合スポーツ博物館で(以上パンフレットより抜粋)
千駄ヶ谷の国立競技場のスタンド下にあります。

entrance.jpg

国立競技場といえば、1964年東京オリンピックのメイン会場であり、
12月の早明戦や1月2日の大学選手権準決勝でお馴染みのスタジアムですが、
2019年ラグビーワールドカップ、2020年東京オリンピック(決まれば)に向けて、
新しい競技場に生まれ変わる予定です。

館内は特定のスポーツや競技をとりあげた展示ではなく、
日本のスポーツの歴史を一望できる内容になっており、
主な展示構成は以下の通りです。

(パンフレットより抜粋)
① エントランス 東京オリンピックのポスターや秩父宮殿下が実際に使用されたボート
② オリンピックコーナー
③ 日本における近代スポーツの発展(明治~現代)
④ 国立競技場の前身「明治神宮外苑競技場」で開催された競技大会の資料
⑤ 秩父宮殿下にゆかりのある資料を展示する「御遺品室」
⑥ 日本の伝統スポーツ
⑦ 冬のスポーツ

事前の団体予約で申し込んでいたため、日本スポーツ振興センターの伊藤様に
各コーナーの見どころを解説してもらいました。
おかげでとても分かりやすく、そして楽しく見ることができました。

guide.jpg

中でも興味深かったのが、かつて国立競技場の地下には通路があって、
東京オリンピックの時に競技場の外でウォーミングアップしていた選手たちが、
トラック競技のスタート地点に行く際の近道として利用していたという逸話です。
地下通路というのは、メインスタンドからフィールドを見た場合、
右上から左下に通り抜ける一直線の通路で、設計図上にも「UNDER-PASSAGE」として記されています。
もしかしたら見学できるのかと期待しましたが、残念ながら今はもう存在していないそうです。
その他にも、なぜかハワイでオークションにかけられていた
秩父宮殿下ゆかりのトロフィーが日本に戻ってきた話や、
東京オリンピック公式ポスターの撮影秘話など、面白いエピソードが満載でした。

ポスター02

ラグビー関連では、1975年のウェールズ代表来日の告知ポスター、
オールブラックスと日本代表のユニフォームやサインボールなどが展示されています。

poster.jpg

rugbydisplay.jpg

signball.jpg

現在の展示品の数だけでもおよそ1万点あり、まだ6万点の資料が収蔵庫に眠っているそうです。
新国立競技場の建設に伴い博物館もリニューアルする予定だそうで、
完成した暁には展示室も大きくなってもっとたくさんの貴重な資料を
目にすることができるのではないでしょうか。

stadium.jpg

博物館の見学後は、国立競技場のスタンドへ移動しました。
きれいなスタジアムが一望できますが、
国立競技場のトラックは8レーンしかないことが分かります。
ところが現在の陸上競技の世界大会では9コースが標準なので、
このままではオリンピックや世界陸上などを開催することができないそうです。
しかし今の国立競技場ではもう1コース増やせるスペースがとれない為、
新しく建設することになったとのことでした。

view.jpg
<スタジアムから新宿方面を望む>

category: ミュージアム関連

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なぜラグビーミュージアムを作りたいと思うようになったのか 4 

すいません、更新が遅くなってしまいました。

その後は相変わらずのテレビ観戦や、
ラグビーマガジンも読み始めたりしてラグビーと接していましたが、
ある時ラグビーマガジンの誌上で
菅平に新しく作るグラウンドの名称を募集している記事が目に留まりました。
後のサニアパークのことです。

この瞬間、私は閃きました。
新しく建設するスタジアムに併設して博物館を作ったらどうだろうか?
プロモーション映像がダメなら博物館があるじゃないか!
自分がこれまで経験してきた知識と技術とネットワークを活用すれば
映像だけではなく、さまざまな展示手法を用いて
ラグビーの魅力をアピールできる博物館ができるんじゃないかとワクワクしました。
その結果としてラグビーの普及や宣伝に繋がれば、私の想いが実現できると考えました。
こうして私の目指す新たな目標が定まったわけです。

本当ならば秩父宮の一角にラグビーミュージアムができるのが一番だと思っていましたが
それが無理ならラグビーの夏合宿のメッカ菅平でも根拠としては問題ないと思いました。
そこで真田町へ企画書を提案するにあたり、
当時(確か1996年)ラグビーマガジン編集長であった村上晃一さんに意見を伺おうと
ベースボールマガジン社を訪ねました。
突然の訪問にも快く応対してくれまして、この時が村上さんとの初めての出会いでした。
20年近く前のことですから、何をお話ししたかはっきりとは覚えていませんが
とにかく私のラグビーに対する想いと博物館の考えをお伝えして、
率直な意見をいただいたと記憶しています。

現在は提案書の電子データが残っておらずプリントアウトの控えしかありませんが、
企画書は2回提出しています。

1回目の企画書の日付が、平成8年12月3日。
博物館という単独の施設ではなく、新しく建設するスタジアムの一角に設けるという前提ですから、
ラグビー資料室という位置づけにし、その名称を『菅平ラグビースクエア』として提出したのです。

企画書01

企画書02

4回に渡ってダラダラと書いてきましたが、
以上が私がラグビーミュージアムを作りたいと思うようになった経緯(いきさつ)です。
ご理解いただけましたでしょうか?

category: ラグビーミュージアムをつくろうKAI 関連

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なぜラグビーミュージアムを作りたいと思うようになったのか 3 

ひとことで言うと、華やかなサッカー(Jリーグ)と地味なラグビー。
そんな図式でしょうか。
Jリーグは確かにプロモーションが上手でした。
そこはやはりプロだから、お金もかけたでしょう。
対して当時ラグビーはアマチュアリズムの権化でしたから、
まったく正反対といっても過言ではなかったと思います(あくまでも私見ですが)。
しかし、私自身の中ではラグビーという競技の方が自分の感性に合っていたので
「なんでこんなに熱くてカッコいいスポーツの人気が低いんだ」という憤慨する気持ちと
「もっと多くの人にラグビーの魅力を伝えられないのか」という思いが交錯していました。

そんな時、まず思ったのがプロモーション映像を作ることでした。
これなら自分にもできるんじゃないか・・・。
なぜなら私自身が映像制作に関わる仕事をしていたからです。
しかし映像素材が無いことには映像が作れません。
あの当時まだパーフェクTV!でのラグビー中継は始まっていませんでしたから、
試合の素材を持っていたのはNHKとTVKだったかと想像します。
高校ラグビーはTBSが持っていたでしょうね。

映像業界の方ならご存知でしょうが、制作するにあたっては素材を持っているところが
何といっても一番強いので、手の出しようが無いのが実情です。
一時文藝春秋からもビデオが発売されていましたけど、
素材を所有していなくても大きな出版社であり
雑誌「Number」を発行しているという実績もあるので
放送局からの素材提供も受けやすかったのだと思いますが、
こちらはそんなバックボーンはありませんので、圧倒的に不利な立場でした。

でも一度だけTVKを訪ねて、確か当時の編成局長だった方とお会いしたことがあります。
ちょっとしたラグビー談議をしたり、神奈川が地元ですから関東学院の春口監督の話をしただけで、
結局私の映像制作の夢は実現しませんでした。
後年、TVKから「Try Try Try」というビデオが発売され私も購入しました。
TVKが持っている多数の貴重な映像素材の中からトライシーンを編集した記録集的もので
私が作りたいと考えていたプロモーション的ものとは異なる作品でした。

ビデオテープ

以下、続きます。

category: ラグビーミュージアムをつくろうKAI 関連

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なぜラグビーミュージアムを作りたいと思うようになったのか 2 

さて、強い明治ラグビーを観ることに興味を抱き始めたその後ですが、
まずはテレビで観戦することからスタートしました。

それまでラグビー中継などまったく眼中になかった私ですが、
対抗戦では明治戦を中心に、大学選手権に入ってからは準決勝と決勝、
そして最後に日本選手権を観ました。
吉田メイジの後を引き継いだ小村メイジは安定した強さを発揮し、
大学選手権を危なげなく勝ち取った記憶があります。
おかげで強い明治が好きな私も気分よく楽しむことができましたが、
同時にラグビーに触れる時間が増えたせいかラグビーの面白さに次第に魅せられてきました。

そして1992年のシーズンに入ってからはテレビ神奈川(TVK)で、
明治戦に限らずリーグ戦、対抗戦の試合をすべて観るようになりました。
ルールの解釈がまだ弱かったのですが、各大学のチームカラーや中心選手などを覚えて
対戦予想をしたりしながらとても楽しんで観ていました。
ただ明治の試合だけは圧倒的な強さで勝つことだけを望んでいましたので、
楽しむというよりも鬼気迫る雰囲気で観ていましたけど(笑)。
またこの年は早明戦の直前に八幡山まで足を運んだりもしました。
そして同志社以来の大学選手権3連覇がかかった永友メイジに大いに期待していましたが、
準決勝で法政の前に撃沈。まさかの敗退に荒れ狂いました(笑)。

そんなことを経ていきながら、
いよいよラグビーの「熱さ」と「面白さ」に魅せられた私が次第に感じ始めたことが、
ラグビー人気とマスコミの扱いの低さでした。
それはちょうど1993年にスタートしたJリーグとの比較で痛烈に味わうことになりました。
リーグ立ち上げ早々でもありプロとアマチュアという違いもありましたが、
Jリーグとラグビーに対するマスコミの取り扱いの差に納得がいかない思いでした。

以下、続きます。

category: ラグビーミュージアムをつくろうKAI 関連

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釜石シーウェイブス 試合結果速報 

IBC招招待試合、勝ちました!

前半終了  釜石SW 17-10 早稲田大学
ノーサイド 釜石SW 22-20 早稲田大学

category: 釜石シーウェイブス

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なぜラグビーミュージアムを作りたいと思うようになったのか 1 

ラグビー経験の無い私が、なぜラグビーミュージアムを作りたいと思うようになったのか
そんな話しを少しさせていただこうと思います。

私のプロフィールを見ていただくと分かりますが、
そもそも私がラグビーファンになったのは1990年の早明戦をテレビで見たのがきっかけです。
それ以前には、ラグビーという競技そのものに全く興味がなかったので
競技場での観戦はもちろんテレビ観戦さえも経験がありませんでした。
私自身がラグビー部が看板の明治の学生だったにもかかわらず、です。
今考えると、ある意味ちょっと驚きかもしれませんね。

それまでの私にとってラグビーという競技は、「青春とはなんだ」や「でっかい青春」、
皆さんご存知の「スクールウォーズ」などのテレビドラマで見るスポーツのひとつに過ぎませんでした。
ドラマの中で描かれるラグビーはラグビーの競技としての魅力を紹介する訳ではなく、
あくまでもドラマを進行させていくうえでのスパイスでしかありませんので、
ドラマを見ていたからといってラグビーを好きになったり興味を抱くことはありませんでした。

それがなぜ、1990年の早明戦を見ることになったのか?
早明戦は12月の第一日曜日と決まっていますが、
その前日の夜私はNHKの「サタデースポーツ」(当時)という番組を見ていたところ、
その中で翌日おこなわれる早明戦のことが紹介されたのでした。
いわゆる「伝統の一戦」であり、しかも早明の両キャプテンが堀越・吉田という
共に1年生からレギュラーとして活躍していた注目のライバルでしたので、
番組内でも大きくクローズアップされていました。
そんな二人の存在はもちろん、翌日に早明戦があることさえ知らなかった私でしたが、
これは面白そうだと思い翌日のテレビ観戦を心に決めました。

そして翌日テレビの前に陣取った私ですが、ルールなどもちろん分かりません。
でもとにかく「早稲田に負けるのだけは許せん」という気持ちだけでテレビにかじりついていました。
明治の勝利は間違いないと確信していたのに、まさかまさかの同点劇の終止符に唖然としてしまい、
悔しくて仕方ありませんでした。

これで火がつきました。
大学選手権に入ってからも目が離せず、あわや敗退かと覚悟した準決勝京産大戦の逆転勝利、
そして決勝早稲田との再戦における吉田の劇的トライを経ての早稲田撃破!
もう最高の気分でした。

でもこの時はまだラグビーそのものにと言うよりも、
明治ラグビーの勝利に夢中になってしまったと言った方が正しいです。

以下、続きます。

category: ラグビーミュージアムをつくろうKAI 関連

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釜石シーウェイブス 春シーズンスタート 

釜石シーウェイブスの春シーズンがスタートしました。
今日12日(日)、盛岡南球技場でIBC招招待試合、VS早稲田大学があります。
残念ながら応援には行けませんが、勝利を確信しています。

category: 釜石シーウェイブス

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吉田義人、次なる挑戦 

吉田義人
明大ラグビー部前監督吉田義人。
輝かしい成績を残せなかったのは事実ですが
わずか4年で監督を退任したのは意外でした。
しかし、昨年12月の100回目の早明戦という節目に勝利したのは
彼の運の強さを示していたのかもしれません。

吉田君と初めて会ったのは彼がサニックスに所属していた時で、
現役プレーヤーとしては晩年の時期でした。
彼はちょうど私のひと回り12歳年下ですが、存在感と華がありました。
横河電機のコーチ時代には横河電機で、明治の監督になってからも大学で会いましたが
2年前の12月、八幡山で大学選手権に臨む練習の際に挨拶して以来会っていません。

監督退任の報を聞いてメールしましたが返信がなかったので
その後どうしているのか気になっていましたが、
7人制ラグビーの普及に関わることをするそうです。
具体的に何をするのか、とっても気になります。

♦ 第九回 吉田義人|TRADITIONAL STYLE|ニューヨーカーマガジン
http://www.newyorker.co.jp/magazine/feature/traditional_style/vol09/

category: 明治大学ラグビー部

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関東大学春季大会 結果 

5月5日の結果です。

Aグループ

明大 35 - 26 拓大


Bグループ

早大 56 -  5 中大
慶大 68 - 38 日大

category: 試合

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アジア五カ国対抗 韓国戦 

アジア五カ国対抗 韓国戦をJSPORTSで観ました。
前半は40-0で日本が圧倒したので、後半もこの勢いでと願っていましたが、
前半ほど圧倒できませんでした。
残念だったのが後半37分にトライを許してしまったところでしょうか。
その2分後すぐにもう一度取り返したのは良かったですが、できれば完封して欲しかったです。
韓国選手の当たりはズシーンとくる感じでとても重そうに見えます。
そのせいかどうか分かりませんが、ターンオーバーやブレイクダウンの数は
韓国とそれほど差がありませんでした。

それはそうと、若い2人のWTB福岡と藤田が素晴らしいトライで魅せてくれました。
試合後のインタビューを見ていて感じましたが、とても清々しくて好感の持てるふたりでした。
ずっとこのまま謙虚な姿勢を崩さずに成長していって欲しいものです。
それとあくまでも個人的願望ですが、せめて学生時代だけでも決して髭など生やさないで下さいね(笑)


アジア五カ国対抗 結果

日本代表 64 - 5 韓国代表

3戦3勝で勝ち点18とした日本は、最終戦の対UAEを待たずに6年連続優勝決定。

category: 試合

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